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山上徹也容疑者の生い立ちや家族構成「兄は自殺していた?」安倍晋三元首相銃撃事件

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奈良市西大寺東町2丁目の路上で、街頭演説をしていた安倍晋三元首相が銃撃され死亡した事件で、元海上自衛隊員の無職・山上徹也容疑者(やまがみてつや)41歳が逮捕されました。

山上徹也容疑者の生い立ちと家族構成を調査しました。

この記事は随時追記・更新していきます。

山上徹也容疑者の生い立ちを調査

山上徹也容疑者の生い立ちを調査しました。

山上徹也容疑者は1980年9月、裕福な家庭で育った母親と、京都大学を卒業し、建設関係の仕事をしていた父親との間に生まれました。

山上徹也容疑者の母親は夫を早くに亡くし、祖父が1人で住んでいた母方の奈良県平松の一軒家に移り住みました。

その後祖父が亡くなったこともあって、事件現場に近い西大寺近辺など引っ越しをくり返し、約15年前に再び、奈良市平松の一軒家に引っ越しています。

小学校時代

山上徹也容疑者の小学校がどこなのかは判明していません。

小学生時代の山上徹也容疑者の顔画像がこちらです。

山上徹也 小学校

小学校時代に一緒に遊んだことが有る人の話では「どちらかというと、みんなを引っ張るようなタイプではなくおとなしい」人物だったということです。

山上徹也容疑者のあだ名は小学校時代から「こてつ」だったようです。

小学生時代の友人は、「山上くんは小学校の時、よく遊びましたよ。近所でかくれんぼをしたり、公園でキックベースをしたり、コインランドリーに置いてある少年ジャンプを一緒に読みに行ったこともありましたね。家にもお邪魔したことがあって、一緒にファミコンでマリオをやりました。お母さんも感じの良い優しい方で、遊びに行くと麦茶を出してくれたのを覚えています。おとなしい子でしたが、こんな事件を起こすような人物には見えませんでした」と話しています。

山上徹也容疑者はおとなしい性格のようですが、活発な一面もあったようです。

中学校時代

山上徹也容疑者の中学校に関してもどこなのかは判明していません。

中学生時代の山上徹也容疑者の顔画像がこちらです。

山上徹也 中学校

山上徹也容疑者はバスケットボール部に所属していたということです。中学生からバスケットを始めたという事ですが、3年生時にはレギュラーで中心選手だったということです。かなり運動神経は良かったのでしょう。

山上徹也容疑者が所属していたバスケットボール部の同級生は「どんなに厳しい練習でも弱音を吐かず取り組んでいたし手を抜かなかった。まじめで努力家だとみんなが思っていた」と話しています。

また、勉強に関しても成績が良くて優等生だったという事です。文武両道の見本のような人物という事が判明しました。

山上徹也容疑者が中学時代に過ごした奈良市内の実家近くの住人男性は、山上徹也容疑者が自宅の近所でボールやラジコンなどで遊んでいたのを覚えているということですが特に印象に残っていることはなく、「昔見た小さな男の子(山上容疑者)と今回の事件とが、どう考えても結びつかない」と首をかしげています。

山上徹也容疑者が高校3年だった98年頃に母親が入信したとされており、中学生の頃にはすでに家中にお札が貼られていたと証言する知人もいるという事です。

高校生時代「奈良県立郡山高等高校」

山上徹也容疑者は奈良市の南に隣接する奈良県大和郡山市の県内トップレベルの県立高校に通っていたことが判明しました。また、山上徹也容疑者が2年生、3年生の時には春のセンバツにも出場していると報道されています。山上徹也容疑者は41歳なので13,14,15年前に2年連続センバツに出場していることになります。その高校を調査すると平成9年,10年に連続出場しているのは「奈良県立郡山高等高校」です。

奈良県立郡山高等高校は奈良県大和郡山市にあり、県内トップレベルの進学校であることからも、「奈良県立郡山高等高校」が山上徹也容疑者の高校で間違いないでしょう。

山上徹也容疑者は高校では文系のクラスに在籍していて、応援団と文芸部に所属していたということです。

高校時代の友人から”団長”というあだ名で呼ばれていたようです。また友人によると、山上徹也容疑者は目立つほうではなく、口数も少ない、地味な感じだったということです。その友人は山上徹也容疑者が海上自衛隊にいたことを想像がつかないと話しています。

山上徹也 高校

卒業アルバムには笑顔の写真が収められ、生まれた時の体重が記されています。自分の将来については「わからん。」と書かれています。

どの時代の同級生も今回の事件に驚いています。このような事件を起こすような人物ではなかったようです。

 

(追記)

山上徹也容疑者の高校卒業後に関してこのような記事がありました。

 1999年に卒業してからは専門学校に進学したことが報じられており、その後2003~2005年に海上自衛隊に所属。2020年10月から今年5月まで京都府内の工場で派遣社員として働いていたことが明らかになっている。

引用:NEWSポストセブン

この記事によると山上徹也容疑者は高校卒業後に専門学校に進学していたことになります。ただ、どこの専門学校に進学していたのかは判明していません。

高校を卒業してから海上自衛隊に入るまでの約4年間に関しては、ネット上では同志社大学に進学していたのではないかと憶測があがっていましたが、東スポWebによると、同志社大はネットニュースやネットユーザーの投稿で、山上徹也容疑者が同大生だったとの情報を把握していたと説明しており、その上で学内で確認し、同大に在籍した事実はなかったと説明しているという事です。

高校を卒業してから海上自衛隊に入るまでの約4年間に関しては情報が錯綜しておりますので、情報の取り扱いにはご注意下さい。

山上徹也容疑者の家族構成「父親、母親、兄、妹」

山上徹也容疑者の家族構成を調査しました。

山上徹也容疑者は報道によると父親、母親、兄、妹の5人家族だったようです。

山上徹也 家族構成

山上徹也容疑者の父親は山上徹也容疑者が5歳の頃に死別したということです。

日刊ゲンダイの記事によると山上徹也容疑者の実家の近所の住民が、「山上徹也容疑者の兄は神経質で、うちの子どもがキャッチボールをしていたら、お母さんが何度も『うるさいから、やめてくれ』って怒鳴り込んできていたということです。そして、山上徹也容疑者の兄は5、6年前に亡くなっており、自殺だったようです。」と話しているとされています。

山上徹也容疑者の兄に関しては報道が少ないことからどのような人物だったのかなどの詳細は不明ですが、山上徹也容疑者の伯父によると、山上徹也容疑者の兄は小児がんを患っていて、手術もしていたようです。また片目も失明しており、普段の生活にも苦労していたという事です。

家族が2人も亡くなり悲しい思いをしてきたことは間違いないでしょう。

山上容疑者の母は、1999年に祖父の家を売り払い、2002年には自己破産している。祖父と父を亡くして経済的に苦しむ一家だったが、家庭がうまくいかなくなった理由の1つは、母と子の宗教をめぐる対立にもあったようだ。 「母はある宗教団体に所属していて、山上容疑者もその影響を受けて会員となりましたが、ほどなくして脱会。その後、山上容疑者は母の宗教団体の分派の団体に所属していたようですが、母が所属する団体を恨んで対立が生まれたようです。母が所属していた団体は安倍元首相ともつながりが濃いとされる団体で、それを理由に安倍首相を敵視するようになった可能性があります。  実際、山上容疑者は調べに対し、『政治信条への恨みではない』と話しつつ、『特定の団体に恨みがあり、安倍元首相と団体がつながっていると思い込んで犯行に及んだ』『そのせいで家族がバラバラになった』などと犯行の動機を説明しているようです」

報道によると宗教をめぐる対立で山上徹也容疑者は母親とは関係が良くなかったようです。

山上徹也容疑者は安倍晋三元首相が教会友好団体主催の行事にビデオメッセージを寄せた3年9月ごろ、安倍晋三元首相の殺害を決意したとみられています。

山上徹也容疑者の母親は2009~2017年頃は行事に参加していなかったようですが、2,3年前から再び親しい信者と連絡をとるようになり、約半年前からは月に1回のペースで行事に参加していたという事です。その頃から、山上徹也容疑者は同僚らとの口論や欠勤を繰り返すようになり、5月に退職し今回の安倍晋三元首相銃撃事件を起こしました。捜査関係者は、母親の宗教活動が、ゆがんだ犯行動機につながったとみています。山上徹也容疑者は「母親が祖父の持っていた土地を勝手に売り払い、宗教団体につぎ込んだ」とも供述しています。

どんな理由があれ、今回のこの行為は許されません。

 

(追記)

デイリー新潮に山上徹也容疑者の伯父の証言がありました。山上徹也容疑者の伯父によると、山上徹也容疑者の母親は熱心な信者で、度々、子供を置いて長期にわたり渡韓するほどだったようです。

さらに山上徹也容疑者の伯父によると、「子供たちはその間、食べるもんがなかったんですよ。だって、母親が日本におらんかったからね。自分は韓国に行き、ずっと放っておいた。ネグレクトどころではない、もっとひどい状態です。兄は病気で自分で食事を作ることもできない。その兄が電話をかけてきて、“食べるものがない”と。お金を持って行ってあげたりしていました。すると、冷蔵庫の中には食料がまるでないんですわ……」と話しています。

この証言からも山上徹也容疑者の凄絶な生い立ちが伺えます。

現在、山上徹也容疑者の母親は県外の親族の家に身を寄せており、「息子が大変な事件を起こし、申し訳ない」と謝罪しているという事です。

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山上徹也容疑者の生い立ちから事件までの時系列

山上徹也容疑者の生い立ちから事件が起きるまでの時系列がこちらです。

  • 1980年、山上徹也容疑者誕生
  • 1985年、父親が自殺
  • 1998年、祖父が死去
  • 1999年、高校卒業
  • 2002年、海上自衛隊に入隊、母親が自己破産
  • 2005年、下宿先で自殺未遂、海上自衛隊を任期満了で退職
  • 2009年、経営していた建設会社が解散
  • 2015年、兄が死去
  • 2018~2019年頃、母親が再び教団と連絡を取り合うようになる
  • 2019年、教団トップ襲撃計画も未遂
  • 2020年10月、工場で仕事を始める
  • 2022年初め頃、母親が教団の行事に月1回程参加するようになる
  • 2022年3月頃、工場を無断で休むようになる
  • 2022年3~4月、安倍晋三元首相のビデオメッセージをネットで見る
  • 2022年5月、工場を退職
  • 2022年7月7日夜、岡山市で行われた遊説会場を訪れる
  • 2022年7月8日、安倍晋三元首相を銃撃

 

山上徹也容疑者の新たな情報が入り次第追記・更新していきます。(続く…)

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